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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 六十四
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現役の駆逐艦が停泊しているらしい。
そんな噂を聞きつけて、私は一人で近くの港に行った。
駆逐艦とは、大型艦船を護衛し、近距離からの防御を目的とした軍艦である。近年はほぼ何でも屋の便利な戦艦だ。
私は昔地元で見たミサイル巡洋艦に惚れ込んで以来の戦艦好きである。ただし外見に限る。人間はいらん。

さて、駆逐艦が停泊するという噂の近くの港。人が乗り降りする港ではなく貨物貿易だけを目的としているため、人よりも荷物が多くて広い。
貨物船も戦艦とは違うときめきがあるから、写真や映像で満足できなくなった時は代用とばかりに来ている港でもある。
ちょうどあれぐらいの大きさかな、とか戦艦と貨物船が並んで停泊したところを想像すると堪らないものがある。
実際にそんな事は起きないが。

港が一望できる丘の展望台から、停泊する貨物船を双眼鏡で一艘ずつ確認していく。
これも違う、あれも違う。
端から順次確認して、
「……あった!」
偽装しているのだろうか、イージスシステム搭載型の駆逐艦である。
くふふ、と怪しげな笑い声が漏れてしまう。普通の貨物船は国旗なんて掲げませんよ。いや分かりやすくて大変嬉しい。
しかしそれにしても珍しい、部隊編成のない単独艦。
んふふふ、もう少しこの勇姿を遠目で眺めてから港に降りようかな。単独行動なら不備の臨時停泊の可能性が高い。だったら故障箇所にもよるけど数日は動かないはず。
「ちょっと」
いやあ、恰好良い。灰色の実用一辺倒なレーザー群がイージスシステム搭載艦の見せ所だよね。偽装のためか灰色じゃなくて黒い船体が珍しい。
「ちょっと」
「ああ、はいはい。何……」
「何でしょう……」
ちょっと待って私いつから話しかけられていた?

そろ〜っと振り向くと、私の肩を叩く男性がいた。
「第二種制服!!甲種一等海曹!水上艦艇徽章!!」
見えた階級章を端から叫んで気づいた。声を掛けたのは要するに不審者扱いだ私。

「失礼しました私怪しい者じゃありません!!」

慌ててパスポートと運転免許証を鞄から取り出して見せる。自衛隊の見学には本籍地が書かれた住民票かパスポートが必要で、十数年前から運転免許証だけでは不足になってしまったのだ。とても面倒くさい。
「……ありがとうございます。なるほど、停泊の噂を聞きつけてきた一般の方でしたか」
何も聞かれる事なく理解されてしまった。誠に仰る通りですが対応慣れとかですかそうですか。まあパスポートという出してくる時点でお察しですよね。
「大丈夫そうですが、一応面通しの確認をさせて頂きます。こちらへご同行お願いします」
「……はい」
うわぁ、ちょう落ち込む。さすがに不審者扱いは初めてだよう。

海曹に案内されたのは事務所っぽい場所。間借りしているんだろうか。
中には海曹と同じ男性の、こちらは二等海尉。
「連絡した女性です。声を掛けたところ、運転免許証とパスポートを見せられたので一般の方だと思われます」
了解、と同意する低い声にどうぞ、と海曹に席を勧められて座る。
「申し訳ありませんが、身分証明証を再確認させてください」
はい……と縮こまった私はもう一度運転免許証、日本国籍のパスポートを出す。あと確か本籍地が記載された住民票の控えもあったはず、と引っ張り出す。
海上自衛隊の音楽演奏会を聴きに行った時、念のために、と取得したものだ。使わずに入れたままで、二ヶ月は経っていない。

パスポートの名前と運転免許証の名前を確認したらしく、ありがとうございます、問題ありません。と返される。コピーとか取られるのかと覚悟していたけど。
「こちらには何のご用事でしょうか」
「巡洋艦が臨時停泊と聞いたので見に来ました。丘から港が一望できるので双眼鏡で探していて、見つけて形式を確認している時に声を掛けられました」
「なるほど、ありがとうございます。……近くではご覧にならないんですか?」
「近くで見るのも良いんですけど、全体を見るのも好きなので。イージスシステムのパラボラアンテナとか、上の方は近寄ったら見えないですし」
「ああ、上のアンテナ群は見えないですねぇ」
良かった、大丈夫そう。
「まあ、ちょっと周りとか注意して頂けると嬉しいです。時々……宜しくない方がいる可能性もありますので」
「はい。以後留意致します」
日本人ってハニートラップに耐性ないんだっけ、という真偽の怪しい与太話と、ついでに太平洋戦争中は旧日本軍の暗号が敵国に筒抜けで揶揄われたという話も芋蔓式に思い出して頭を下げると、ああ、いやいやそこまでは、と慌てられる。
「自衛隊に良い感情を抱いて頂いているようで現場の我々としては大変嬉しく思います」

どうぞ、紅茶ですが、と海曹にカップを出される。いつの間に出て行っていたんだろう。
「……紅茶?」
日本茶とかじゃなく?
しかも紅茶と言いつつ色味からしてミルクティーだ。
「いただきます。……美味しい!」
出された物に口をつけるかつけないか、はビジネスマナーとしても議論の別れるところだが、飲まれなければ捨てられると知っている私は飲んでしまう派だ。
お茶なんてタダみたいなものという連中がいるかもしれないが、淹れて下さった方の手間がもったいない。人件費大事。
しかし本当に美味しい。これどこのメーカーだ。
「美味しいですよね。こちらの地元の紅茶だそうです。美味しいので箱で買ってしまいました」
「そうなんですね。ここにはたまに貨物船を見に来るのですが、全く知りませんでした。探して買って帰ります」
「お勧めしたのを気に入って頂けるとこちらも嬉しいですよ。期間は申せませんがしばらく停泊していますので、今後はお気をつけてご覧ください」
「はい、ありがとうございます!」
子供か!という勢いで元気よく挨拶をして紅茶を飲み干し、私は事務所っぽい部屋からお暇する。
建物の前からちょうど駆逐艦が見える。
海上の夕日に照らされて黒くなった艦艇は一枚の影絵のように綺麗だった。

「また、来るね」



完。
駆逐艦、影絵、ミルクティーでした。あ、いけたwというメモが残っていたのですが十二年前の当時、どんな話を考えていたかは本人にも分かりません!
駆逐艦とイージス艦の説明はWikipediaで検索しまくりました。幅が広すぎてよく分からないという感想です。あと代表的な艦として載っていたのは米軍と露軍のみで自衛隊にあるのかは分かりません。
自衛隊の基地見学には本籍地の書類が必要とかいう話を以前銃ヲタの小説家先生がTwitterで書かれていたんですが、検索してもそんな話は出て来ず……。
イベント外の基地見学の申し込み時に本籍地の郵便番号と住所が必要という話が出てきたのできっとその辺だと思いますが、Twitterを掘り返す程の気力はない。
岩国航空基地:基地見学・お問い合せ
航空自衛隊の広報施設に一度行ったのと、あと陸上自衛隊の車両展示は最近の流行が始まる(自粛飽きた!)前まで見ていたのですが、自衛隊の広報イベントには行った事がないので適当な想像で書いています。
最初は駆逐艦の見学会にする予定でしたが、機密事項の塊なので退役していてもそんな事はやらないだろうと方針転換しました。が、新潟県で護衛艦「きりしま」一般公開というイベントがありました……。いや知識ないから書けない。
徽章見ただけで叫べる時点で相当な自衛隊ヲタだと思いますこの主人公。
三題噺なのに一つ目の駆逐艦に偏りすぎて他がおざなりなのはいつもの話ですね!
2022.7/2 和美
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PV数より共感が欲しい。
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