忍者ブログ
気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
[3232]  [3234]  [3231]  [3230]  [3229]  [3228]  [3227]  [3226]  [3225]  [3224]  [3223
ざっくざく > 文章 > 三題噺 六十三
俺の家はワルツの一家、と呼ばれている。とは言っても俺は分家の妾腹の三男である。貴族社会の慣習によって正妻の子供として育てられたが、それでも傍系の筋だ。

ワルツとは今でこそ上流階級の基礎教養と呼ばれるようになったが、成立当初から今の盤石な地位を築いていたわけではない。
元々は距離感を弁えない、地方の貧しい農村の者達が踊るものとして俺と同じような上流階級からは軽蔑されていた。下心で踊っていたある家の当主を被害者とする、短剣を使った暗殺未遂事件が起きたという時代背景もある。
ヴェラーと呼ばれていたそれをワルツという耳触りの良い名前に変えたのが、領地の視察中に祭りで見た十二代前の当主だそうだ。
先見の明があったのだろう、ワルツと呼ばれるようになったそれは当主命令で我が家の定番の踊りとなった。領地民に教えて磨き上げ、洗練させ、国の政にも深く関わっていた六代前が上流階級に持ち込み、貴族ならば誰もが持っている護身用の短剣を固く禁じさせ、二代掛けて定着させた。

家が覇権を獲るためなら人の命を奪うのも当たり前の貴族の社交界で、今はワルツを踊る舞踏会は唯一、全員が何も持っていない中立地帯となりつつある。
という話を俺は母からも義母からも分家当主たる父親からも家庭教師からも侍女達からも、もうありとあらゆる方面から耳にタコができる程聞かされて育った。
だから分家三男と言えど、ワルツに関しては人並み以上の技術と知識を習得しておかなければならないと。うんもう覚えた。


さて、前置きが長くなった。俺の話だ。
当代当主もいい加減年老いて来たなぁ、と思い始めてから十年は経っただろうか。俺が社交界に出てから、歳月の経過による当主達の顔の皺は減るはずもないがなぜか増える事もなかった。
「……俺が選ばれる事なんてないだろうに」
「坊っちゃま、そう仰らないでくださいまし」
今年も当主選定の時期がやってきて、俺はげっそりと侍女に吐き出した。
家に代々伝わる大型の短剣……と呼ぶのも妙な表現だが、実際、短剣がそのまま巨大化したようにしか見えない非実用的な代物がある。
刃渡りは一メートル程あるのだが、持ち手も四十センチ程あるのだ。銘もないそれは、大型の短剣としか表現できない。
その巨大短剣に次期当主候補や当代当主達が踊る姿を映し出すと、技術と知識に秀でた者は綺麗に、それらが劣っている、欠けている者は曇って見える。
賢明な諸君ならもうお気づきだろう。短剣に最も綺麗に映った者が次の当主だ。

我が家ではこれを、短剣に選ばれた、と呼ぶ。

短剣のようにキレのある舞踏を、という意味ではと解釈したのは数世代前の子女だったらしい。
当主が選ばれた家が本家となって分家と本家の立場が逆転する。本家に養子入りなんて事にはならない。不思議だ。

「父上、母上、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
心配そうな義母に手を振られて俺は家を出た。
当主の同世代は次期当主候補から外れる。
政に関わっている兄達はそちらから直接行くと聞いている。


まずは婚約者の家の出迎えから。
「こんばんは。……相変わらず緊張しますわ」
「こんばんは。どう見ても芋とは思えませんよね」
「本当、あんな鮮やかなお芋はお目に掛かったことがありませんもの」
家で待っていた婚約者と、少なくとも食べ物には見えませんよね、なんぞ軽口を交わしながら手を差し出してエスコート。
正直この石畳が俺は一番緊張するけどな、なんて言わない。
毎回躓きそうになるから早く結婚したい、とは口説き文句としては地を這うほどに酷くて口が裂けても言えないが。
当主候補選定は五年続いたら二年の休止、を代が変わるまで続けられる。
代替わり後は、二人以上の新しい候補が社交界のお披露目を迎える年齢に育つまで途切れる。
その代替わりか二年の休止まで、基本的に結婚は避けられる。ああもう早く決まってほしい。

会場に着いたら現当主に挨拶。他の候補者達と歓談。それら全てが短剣の選定基準……かどうかは分からない。分からないからなおさら気を遣う。
当主の座なんかどうせ俺じゃないからどうでも良いが、家の評価には関わるのは困る。

五曲のうち、最初はパートナーと。それから一曲ずつ相手を変えて三曲。最後は再度パートナーと。
短剣に映ったのは現行当主ではなかったらしい。周りが騒いでいるのが聞こえる。
けれど、ここで迂闊に気を逸らすとステップが乱れる。あらぬ方向に気を取られてはいけない。
結果なんていつ聞いても変わらない。今は目の前のパートナーと一心同体となり、全力で舞踏に、音楽に向き合うのみ。


振り向くな、耳を傾けるな、集中しろ、と己に言い聞かせて、俺は五曲全てを踊り切った。
最後はパートナーもとい美しい婚約者と見つめ合い、互いに礼をして、短剣の近くに行くために改めて手を取る。
さて、次の当主はどこの家だろう?

「おめでとうございます!」

振り向いた瞬間に掛けられた声の意味を、俺は理解できなかった。
「…………」
「新当主、おめでとうございます」
囁くような震える声が後ろから聞こえる。
俺が、選ばれた?
後ろの婚約者へ顔を向けて、目線だけで問い掛ける。
柔らかな笑みに困ったような照れが混じった顔は初めて見る。
「……おめでとうございます」
「ありがとう」
今度ははっきり聞こえた。いや、婚約者の言葉を聞き逃すはずなどないが。
しかし、ああ。口から感嘆が漏れる。一番大切にしたい、共に手を取り合って生きていく人から教えられるのは良いものだ。誰よりも信じられる。


短剣の輝きを確かめるため、再度一曲が流される。
現行……先代当主となった本家夫妻と、当代当主に選ばれた俺達だ。
短剣に選ばれたという状況自体を初めて見る。一点の曇りもなく、俺たちが踊る姿は短剣の刃に魔法のように煌めく。天井のシャンデリアが反射しているだけだと思うが、その反射はこれまで目にしたどんな宝石よりも美しかった。
対して代替わりした本家夫妻は、靄が掛かったような黒と薄緑色のぼやけた塊で、最早ただの老夫婦とすら映らない。

ここまで差が出るのか。怖いな、と俺は純粋に思う。

短剣に選ばれるのはこの上ない名誉だ。けれどこれからは兄達を差し置いて当主として上に立ち、この家を、国を盛り立てて行かねばならない。
新たなる候補者二人がお披露目を迎えるのは五年後。
その年にいきなりお役御免となっては恥だ。

これから先を考えて憂鬱になっていると、腕に温かい圧迫感が伝わる。
ずっと絡められている婚約者の腕に、力が込められたらしい。

そうだ、俺は一人なんかじゃない。
二人で生きていくんだ。

「どうか、俺の手を取ってくれませんか?」



完。
老父母、短剣、ワルツ
現代を舞台に一度途中まで書いたものを諦めて書き直しました……。つらい。
今まではウォークマンに入れたAndroidアプリの「アイデア発想塾」で内容を考えていたのですが、ウォークマンの調子が悪くなってリセットしたらOSのバージョンアップも消えて再インストールできなくなるという悲惨な結果になりました……。
ネットで検索して出てきた企画系クリエイター必読!アイデアが泉のように湧きあがる発想術&ツール30選から「アイデア発想塾」に似たような手法を見つけて
SCAMPER法とは?アイデアを強制的に生み出す発想のスパークプラグを使いこなそうで考えました。
アプリ……。ウォークマン……。そろそろ買い替え時なんでしょうね。お金があったらタブレットとかにしたいのですが如何せん先立つ物が。最新型?そんな物は知らない(非Android)
円舞曲の一家、眷属の老父母、契約の大型の短剣まで考えて、老夫婦から眷属の、が消えてこんな設定に。
……老夫婦が薄い!
2022.5/3 和美
PR
【 この記事へコメント 】
名前
コメントタイトル
URL
本文
削除用パスワード
累計アクセス数
アクセスカウンター
レコメンド
プロフィール
書いている人:七海 和美
紹介:
更新少な目なサイトの1コンテンツだったはずが、独立コンテンツに。
PV数より共感が欲しい。
忍者ブログ [PR]