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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 六十二
62

「何もできなかったあの子がねぇ……」
私は感慨深く呟いた。
手には一通の葉書。
ずっと一人で生きてきて、これからも一人だと思っていたけれど。
これからの楽しみが少しだけできた。 

まだ義務教育を受けていた頃の、当時の自分にとっては若さゆえの些細な過ちだと思っていた。
だが、それは大きな間違いだと判明する。

子供を、妊娠したのだ。

私は、父親に関しては頑なに口を閉ざし、月満ちて生まれた、境遇以外は普通の男の子は、遠縁に渡され結局施設に預けられたと聞いた。
血縁上の父親には、子供の事はおろか、妊娠した事すら伝えていない。

自分の義務教育を終えてから、一度だけ施設にその子を見に行った。
息子、と呼べるほど、母親と呼んでもらえるような、何かをした覚えはない。
だから名乗るつもりもなかった。
けれど。

寝食を共にする他の子供に比べても丸々とした男の子は、部屋の片隅で一人で積み木を組み立てていた。
「他の子に比べると、少し言葉が足りなかったり、お着替えが遅かったりするんですけどね」
施設の人が、今後二度と会いに来ないかもしれない「母親」に対してそう言うぐらいだ。
よほど話が下手で、身の回りの事ができないのだろう。
察した実態は、その日二時間ほど見ていただけで正しかったと確定する。

同じ月齢に話しかけられても返事が遅い。
お昼寝の時間は、他の子が着替え終わる時間に服を一枚脱ぐだけで精一杯。

それでも、生きている事に安心してしまったから。
つい、職員の人の勧めを受けてしまった。
「おかー……さん?」
首を傾けるあやふやな問いに、「そうだよ」と答えてしまった。

教えるつもりもなかった連絡先まで残してしまって、それから十年、と、もう少し。
高校卒業年の三月末に行われたという施設の退所式にも出なかった。
写真もないまま、桜を眺めて一人で願った。
どうか、少しでも幸せになっているように、と。

一度会っただけだ。
あの子はきっと覚えていない。
黙って恨まれているものだと思ったから。

ところが、だ。
退所が最後だと思っていた施設から連絡が来た。
個展を開催するという。
葉書の裏面には、針金で柔らかな曲線を描くよく分からない立体の写真がいくつも載っていて、真ん中には、針金で作られた罰印が三つ。
「弦で彩る世界に、愛を込めて」という文章は、個展の題名だろうか。

そして気づく。
真ん中の針金……ではなく、弦でかたどられたのは、罰印ではない。
あの子を生んだ頃、学校の仲間うちで流行っていたのを思い出す。
xxx
英語圏で手紙の最後に添えてキスを表し「愛しているよ」の意味だ。
派生でxoxなんかもあったなぁ、と本来の意味も、言葉の重さも分からずに使っていた苦さを思い出す。

行ってみよう。
覚えていなくてもいい。
恨まれていてもいい。

生んでしまった今が、あの子にとって少しでも幸せであったらいい。
そう願いながら。

×××
ドラ息子


×××は愛情を表すとかいう英文手紙の文末定型句ですか?w

から進まず……結局Androidアプリ「アイデア発想塾」の力を借りました。
弦で何かを作るドラ息子、から捨てられた子供になりました。
完成してから、息子視点の方が良かったかな、とも思いましたが、男性主人公と女性主人公を交互に書いているので変更できませんでした。
xxxは子供から来た手紙の文末になる予定でしたが、弱かったので個展の題名に変更。
罰印で自分に対する罰とか思っていそうです。
父親は……何となく売春とかかと思っていましたが、堕ろさなかったところを見ると、双方合意の上という雰囲気ですね。

2019.5/10 和美
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