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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 七
四月上旬、暦の上では季節は春。
だというに、頭の三度笠にはうっすらと雪が積もっていた。

俺は、北を目指して歩いていた。
親父の親戚の知り合いだという、寺だ。

面識のある知り合いがいる訳じゃない。
ただ、できれば遠くの、できれば知り合いの、寺に行きたかっただけだ。
信心などこれっぽちもなかった俺が、なんで急にそんなところへ行きたがったのか。
親父は疑問に思っただろうが、何も言わずに送り出してくれた。

北への旅は、まだ季節的に向かず。
もう帰れないかもしれない。
それでも。

俺は行かなければならなかった。

―― 否、離れなければならなかった。
俺が生まれ育った、あの場所から。


俺は、失恋した。
相手は、幼馴染。
地元でも大手の茶屋の、看板娘だ。
取引先の豪商から、俺と共通の幼馴染、果ては通りすがりの客まで。
気立てがよく顔も良い彼女は、引く手あまただった。

だが、茶屋のおかみさん―――看板娘のおっかさん――は、なぜか俺に縁談を持ってきた。
「うちの娘をどうですやろか」と。
俺は耳を疑い、何度も聞き直した。
「ほんまに俺ですか?」
幾日空け、幾度同じ問いを繰り返しても、おかみさんの答えは変わらなかった。
「ええ。うちはおまえさんが良いんです」

そうして俺と彼女は付き合い始めた。
俺は天にも昇る想いで、日々を過ごした。
――この時、俺は彼女の、何を見ていたのだろう。
多分、俺は彼女の何も見えていなかった。
表面の、素の美しさに見惚れて。
彼女の目が沈んでいたことに、彼女の唇が綺麗な弧を描くことがなくなったことに、俺は気づけなかった。


ある日、俺は丸一日出掛けた。
帰りに通った隣町で、俺は彼女を見つけた。
知らない男と、ひどく楽しそうに話す彼女。
べたべたと手に、腕に、肩に触れる男。
俺は二人をじっと見つめて、そして思い出した。
常連客の男だ、と。

そっと会話を立ち聞きできる位置まで俺は動いた。
「ほいじゃあ、そろそろ帰らにゃ……」
「ああ、また次な」
「うん。また時間見つけて会おうなぁ」
色気を帯びた、彼女の声。
事情を知らぬ者が聞けば、恋仲にある男女の会話にしか聞こえないだろう。

「……そっか」
俺は、彼女の気持ちが自分にないことを知った。
それからしばらくして、俺は彼女に別れを告げた。

間を置いたのは、彼女の本意を確認するためと、自分の気持ちを整理するため。
それから、彼女に俺が「知っている」事を知られないためだ。
彼女に本命がいると分かれば、彼女を推してくれたおかみさんにも迷惑が掛かるから。
彼女の気持ちが俺になくとも、俺は彼女が好きで。
だから彼女に辛い思いをさせるのは、俺の望むところじゃなかった。

彼女に別れを告げた時、彼女が密かに喜んだことが、俺にとって唯一の救いだった。
俺は、彼女を俺のものにするより、彼女が幸せでいられることの方が、嬉しかったから。



どうか、時よ。
叶うなら、俺のこの気持ちを、降りしきる雪で覆い隠して。
もう二度と彼女を思い返すことがないように。



俺は、白くなり始めた道を歩き続けた。
たった一度の恋心を抱えながら。


完。
お題は「三度笠、看板娘、別れても好きな人」でした。
三度笠ってナニ!?とか思ったのですが、木枯らし紋次郎がかぶっている笠らしいですね。
(例えがいい加減かつ古い)
もしくは北風小僧の寒太郎。(だから古(ry
演歌調にしようかと思ったのですが、早々に断念しました。
多分時代は江戸とか明治とかその辺です。
交通機関が発達していなさそうな。
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書いている人:七海 和美
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更新少な目なサイトの1コンテンツだったはずが、独立コンテンツに。
PV数より共感が欲しい。
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