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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 五十一
遊牧民の生活を取材するため。
そう言って俺は母国を発った。
と言うと聞こえは良いが、実際の行き先は直通便もある、狭い海を隔てた隣の国だ。
ただ、少し鎖国に近く、内部を明らかにしたがらない政策というだけで。

俺は一応ジャーナリスト……正しくは週刊誌の記者だ。
一応、とつけたのは、所属する雑誌の出版社にジャーナリズム精神……「この記事で世の中を動かしてやる」という気概が見られないからに他ならない。
とは言っても、俺の単独取材に渋い顔はしつつ費用は出してくれたのだから、少しはその気も残っているのだろうか。

飛行機と電車、それから車。
最後は徒歩で、目指していた遊牧民が住む地域にやってきた。
が。
季節がずれたのだろう。
そこにあったのは、つい最近まで人が住んでいたという明確な痕跡。
組立式住居ーーテントを建てるための穴。
火を焚いた残滓。
少し歩くと、用を足すための場所と、不要な物を廃棄したと思われる、無造作に物が放りこまれた穴。

俺は生活レベルを推し量るため、屈んでその穴の中を覗き込む。
割れた電球、ポット、フライパン、と現代日本の一般家庭と遜色ないものが見える。
ーー廃棄方法だけはいただけないが。

「何、しているの」
背後から、少し険のある声が掛けられる。
振り向くと、立っていたのは少女だった。
この民族衣装は……そうだ、この遊牧民の。
「ええと、ここに住んでいた人達に会いたかったんだけど」
「移動……しちゃったみたいだね」
少女からの問いへの、返事になっているようないないような。
俺の言葉に、少女がこくりと頷いた。
「君はどうしたの?」
ここに住んでいた人と一緒じゃないの?

全く知らない、会ったばかりの人から疑問文を二つも投げられ、少女は再び顔をしかめる。
それでも律儀に答えをくれた。
「学校、行ってるの」
「おじいさまが行きなさいって行ったから」

「でも、町は嫌い」
「排気ガスの臭いが染み着いたわ」

ーー電気が通り、ガスを使い、定住する人々に紛れたように見えても。
彼らは大地と、季節と共に生きる。
まだ幼い彼女でも、慣れ親しんだ環境を離れるのは耐え難かったのだろう。

「廃棄穴の中を見ていたようだけど」
少女が話を逸らす。
もう聞くなという事だろうか。

「あー、うん」
「ええと、どんな生活をしているのか、捨てられた物を見ると大体分かるから……」
変わった人、と言いたげな瞳がこちらを見下ろす。

「……これ、何だか分かる?」
真っ直ぐな瞳から逃れるように、俺は廃棄物に話を向けた。
まだ捨てられて間もないだろう、白い家電だ。
一見鉄板のようだが、少し様子が違う。
「ロースター」
「無煙ロースターってお母さんが言ってたわ」
「ロースター……ええと、肉を焼くのか」
「そうよ。大体鳥か牛だったけど」
無煙ロースター。
ホットプレートの一種だが、肉の脂を落とすための溝がついている。
家畜を飼育して生計を立てる彼らならではの調理器具だ。
わざわざ煙が出ない型を買った理由は掴めないが、言いくるめられたのだろうか。

「そう、ありがとう」
礼を言って立ち上がると、一筋の風が吹いた。
まだまだ明るいが、そろそろ戻らないと、ホテルまで帰る手段がなくなってしまう。

「おかげで助かったよ。誰もいなかったら、穴に手を突っ込んで調べるところだった」
ふっと少女が馬鹿にしたように笑う。

それじゃあ、と手を振って俺と彼女は別れた。
ホテルに帰ったら、もう少し詳しく調べて、もう一度あそこへ行こう。
写真も撮り忘れてしまったし。


──ホテルのすぐ隣で少女と再会して、びっくりするのは、また別の話。


完。
無煙ロースター、排気ガス、遊牧民でした。
久々の三題噺です。
初・Pomeraです。
無煙ロースターは電子辞書の「肉を炙り焼く器具」という説明で最初電子レンジっぽい白モノ家電を想像したのですが、検索してみたら全然違いました……。
定住していないのにどうやって電気を引いているのかも知りませんが、遊牧民にも見える先住民族っぽい衣装の人達が携帯電話を持っているのをテレビで見たことがあったので。
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プロフィール
書いている人:七海 和美
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更新少な目なサイトの1コンテンツだったはずが、独立コンテンツに。
PV数より共感が欲しい。
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