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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 十七
学校帰り、俺は民芸店に寄った。

三日月の形をした看板が印象的な、まだ新しい小さな店だ。
自分でも、なぜ入ろうと思ったのかは分からない。
けれど、なぜか惹かれた。
目立つ外観ではない。珍しい雰囲気でもない。けれど。

「いらっしゃいまし」
扉を開けると、出迎えてくれたのは紺のベールを全身にまとった女性だった。
京風の、おっとりとした言葉遣い。
ベールは薄いはずなのに、なぜか何も透けては見えなかった。

「何を、お求めでしょうか」
「や、何か探していた訳じゃ……」
ないんですけど。
そう続くはずの言葉は、俺の動揺によって消えた。
ベールから覗いて見えた店員の唇に、真っ赤な口紅が引かれていたからだ。

声も、雰囲気も、唇も。
全てがちぐはぐだった。

真っ赤な口紅から想像する派手な風貌は、ベールによって覆い隠され。
おっとりとした声色から受ける穏やかな物腰と、全身を覆うベールから醸し出される曖昧な存在感は、くっきりとした口紅によって否定される。

噛み合わないその店員を、俺はもっと知りたくなった。
ただ、会話の糸口を求めて、言葉を探す。

「あの、何かお薦めとかないですかね」

「お薦め、ですか」
困ったように店員は復唱して、考え込み。
そうですねぇ。と話を切り出した。
「当店は三日月を象徴としているので、お薦めするならそちらでしょうか」
本当に気に入ったものだけを集めているのだろう。
色々あるのだが敢えて挙げるとするなら、といった口調だ。
「こちらに多く置いてあります」
ごゆっくり、と店員は店の一角を示す。

確かに言われた通り、三日月のモチーフが揃えてある。
同じ三日月と言っても色々だ。
三日月の形、描いてある絵が三日月。
それら全てが違う形をしていた。

そして俺は。
銀色のスプーンに目を奪われた。

なぜか。なんて、もう考えるのは止めた。
この店に入った時からそう。
理由なんてきっとない。
今の心境を正確に言い表しても、多分違和感を感じるだろう。

俺は直感に従って、銀色のスプーンを手に取った。
値段は大して高くない。
見た時は一瞬純銀かと思ったが、この値段ではそれもないだろう。

財布の中身を確認して、俺は店員を探した。

店の奥に、小さなテーブルがある。
そうか、あれがレジか。

そういえば。
ヨーロッパの方だったと記憶している。
貧しい子供は木のスプーンを持って、裕福な子供は銀のスプーンを持って生まれてくるという言い伝えがあった。
だから、出産祝いには銀のスプーンを贈るのだと。

「おおきにありがとうございます。またお越しやす」
純粋培養の京言葉に送られて、俺は店を出た。



完。
お題は民芸店・三日月・スプーンでした。
京都弁知りませんすみません。

こういう系好きだなぁ自分。
謎のお店に入って何かを買うっていう。
そして次に行ったらそのお店はなくなっているのですよ分かりますw
指定がスプーンじゃなきゃ意味不明な物を買わされていたと思います。
良かったね主人公www
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書いている人:七海 和美
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更新少な目なサイトの1コンテンツだったはずが、独立コンテンツに。
PV数より共感が欲しい。
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