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気ままな一人暮らしの、ささやかな日常
美術鑑賞からプログラムのコードまで、思いつくままに思いついた事を書いています。
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ざっくざく > 文章 > 三題噺 六十六!
この記事は三題噺です。
アプリで出てきたお題を元に、以下のルールを設けて創作小説を書いています。
・登場人物は全員名無し
・一話読み切り完結
・主人公は男女交互(今回は女性主人公)

上記を踏まえた上で以下からどうぞ。
お題は後書きにあります。
------

高名な刀鍛冶師が亡くなった。現代の名工だの、現代に甦った誰それだの、まあ色々と二つ名がつけられた。
その刀工が、手元に一振りだけ残していたという。
日本刀は現在、「銃砲刀剣類登録証」という許可証と共に保管する事が法律で決められている。
その登録証の日付から、打ち上げられて何年も経っている事が分かったのだ。

遺族から調査をしてほしい、と本体を持って依頼を受けた。
私は、研究所に所属する刀鑑定の研究家だ。とは言っても鑑定は基本的に柄が残っていない古い時代のものが多く、刀工も分かっている現代の刀の鑑定など初めての経験だ。
裕福な生活だったらしい。遺族からそれなりの金を積まれていなければ断っていた。
研究費用は、大事だから。

研究所が依頼を受けてすぐ、遺族はその最後の一振りの事を公表した。
何振りもの刀を打った名工が、たった一振りだけ手元に残していた刀。

刀袋に括り付けられていた登録書類とともに、号が残されていた。
「あい」という。
号は刀の愛称のようなもので、刀工自らがつけることは珍しい。それだけ大切にされていたのか。

号は和紙にひらがなで書かれていたが、「あい」に漢字を当てるなら、もっとも普遍的なのは間違いなく「愛」だろう。
現代の名工が手元に遺した謎めく一振り。

美術品界隈だけではなく、一般報道陣までが研究所に取材に来た。
朝のニュースで見たと親から電話をもらった。連絡が途絶えてしまっていた懐かしい友人から研究所に手紙が来た。あれは最早、大山鳴動と呼んで差し支えないと思う。
大山鳴動して鼠一匹という諺があるが、長曽根虎徹や村正のような知名度を誇る古刀ならさておき、無監査とはいえ現代刀一振りにこれだけ人が騒ぐのか、と専門家の端くれながら驚いた。勉強になった。

「不思議な感じがするな」
鞘から刀を抜き差しした所長が首を傾げる。
「本当にこの鞘はこの刀のために作られたのか?」
お借りします、と言い置いて、私も所長と同様に刀を抜き差ししてみる。
「鞘の方が長いですね?」
私の確認に、ああ、と所長が頷いた。
ほんの一寸もなく六分、メートル法換算で三ミリぐらいだろうか。けれどもその誤差のような僅かな隙間は、鞘に収めた時の手に強烈な違和感を訴えてくる。
六分、日本刀ならちょうど鍔の厚みぐらいの長さだ。
しかし、この刀は打った刀鍛冶の元にあった。一度誰かの手に渡った可能性がないとは言い切れないが、受け取った後に確認のための抜き差しぐらいしているはずだ。鞘と刀身の長さが違うなど、打ち上げた当の刀鍛冶が気づかないなどあり得ない。
「……鍔の厚みが違うとか……ないよな」
「ありませんね。鍔の厚みがほぼ0にならないと……」
所長に言いかけてはたと気づく。
鍔を外したら、どうなる?
二人、無言で目を見合わせた。

詳しくない人には知られていないかもしれないが、日本刀の鍔は交換ができる。
帯剣をしていた時代、武士は季節や場所に合わせて変えるため、刀一振りに対していくつもの鍔を持っていたと聞く。
今ではそんなにコロコロと頻繁に鍔を変える人はいないだろうが、取り外せる構造になっているのは当然、実用から美術品の一種になった今も同じだ。

遺族に連絡を入れ、許可を得て鍔を取り外す。
鍔を抜いた刀は、元々からそうであったかのようにぴたりと鞘に収まった。
「……だから号が『あい』だったんですね」
「ああ」
所長と二人、重い空気が場を支配する。
略称で「あい」と呼ばれる、刀と鞘がちょうどぴったり合う刀が合口。正しくは「合口拵え」と呼ばれるそれは、長くも短くも、鍔のない刀全てを指す。
そして現在、合口拵えは法律によって製造も所持も禁止されている。

これは、日本にあってはならない物なのだ。

研究所からの公表は控える事に決まった。報道陣へは「年単位で研究が必要な事が分かった」と伝えるだけで済む。
遺族にだけ結果を伝える。

現代に許されない拵え。
それでも、打ちたかったのか。誰かに依頼されたのか。
名工最後の一振り「あい」の謎はまだ続く。


完。
お題は刀、あい、大山鳴動でした。
なんか和風?wと思ったのでそのまま和風にしました。時代物のイメージが沸いたのは「魔法少女アイ」(厳密には参)の影響でしょうか。調べてみたら全然和風ではありませんでした。やった事はありません。
大山鳴動は、大きな山がうなりをたてて動く意から、大騒ぎすること。……あんまり騒がれていませんが。
ひらがなの「あい」から二振りを一対として作られたあいのこ作りを想定していたのですが、あいのこってそもそも混血児の事を指すそうで、意味が違うと断念。(差別用語とかは気にしない方向性)
「あい」で色々調べたところ、
https://www.weblio.jp/content/あい
こちらのページの埃(数字の単位)にも心惹かれつつ、隠語辞典の「匕首の略」に決まりました。
合口拵えの刀は実在するそうです。
http://shinanotuba.blog.fc2.com/blog-entry-71.html
刀剣……変な騒ぎが始まる前に見に行きたかった……。
今年初めての三題噺でした。
2023.2/19 和美 2023.2/22追記、修正
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書いている人:七海 和美
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PV数より共感が欲しい。
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